ニュージーランド 父の日
【ニュージーランド生活】タウポで迎えた父の日|3人の娘たちからの手紙に涙した1日
ニュージーランド・タウポ在住、レストランで働きながら3人の娘を育てているパパブロガーtakiです。 今回は、昨日(9月第1日曜日)のニュージーランドの父の日に、家族が私にくれた最高の1日について綴りたいと思います。
海外で子育てをしていると、日本の行事とは違うタイミングで訪れる「父の日」「母の日」に、最初は戸惑うこともありました。でも今では、この国のリズムで家族と過ごす特別な日として、心待ちにするようになっています。
父の日でも仕事は休めない、レストランパパのリアル
ニュージーランドでは父の日は日曜日。そして私が働いているレストランにとって、週末は1週間の中でいちばん忙しい時間帯です。土曜日はもちろん、父の日である日曜日も、私は朝7時から夕方まで通しでシフトに入っていました。

正直「父の日くらい家族とゆっくりしたいな」という気持ちがゼロだったと言えば嘘になります。でも、そんな私を支えてくれたのが、一緒に働いてくれた三女の存在でした。朝食からランチタイムまで、バタバタの忙しさの中で娘と肩を並べて働けたこと自体が、実はこの上ないギフトだったんだなと、今振り返ると思います。
南島から帰ってきた長女、電話で「おめでとう」をくれた次女
今週はちょうど、南島の大学に通う長女がホリデーで実家のタウポに帰ってきてくれていました。一方、ダニーデンの大学に通う次女は、休みの都合と勉強の忙しさが重なり、今回は帰省を見送る決断をしました。
「帰ってきても勉強するだけだから」という次女の言葉には、大学生活で自分の優先順位をきちんと持てるようになった成長を感じます。
会えなかった次女とは、夜10時ごろに電話で話すことができました。その約束の時間まで、正直ソワソワしながら心待ちにしていた自分がいます。電話越しに「父の日おめでとう」と伝えてくれた優しい娘の声に、思わず頬が緩みました。3人それぞれが、それぞれの場所で自分の道を歩みながらも、こうして家族としての気持ちを忘れずにいてくれる。あらためて、こんな娘たちを育ててくれた妻には感謝しかありません。
前夜祭は手巻き寿司パーティーで父の日を先取り
長女は父の日当日の日曜日にはクランチャーチ(南島)へ戻る予定だったため、その日は私も三女もアルバイトで不在。そこで我が家は、前日の土曜日の夜に、長女・妻・私の3人で一足早い父の日ディナーを楽しむことにしました。
我が家はこういう特別な日、決まって「手巻き寿司パーティー」をします。妻が具材をすべて準備してくれて、みんなで好きなように巻いて食べる、シンプルだけど毎回盛り上がる我が家の定番イベントです。
そして日曜日の夜は、長女が不在の中、私・妻・三女の3人であらためて手巻き寿司。つまり今年は、土曜も日曜も手巻き寿司で、2日がかりの父の日になったというわけです(笑)。にぎやかで、あたたかくて、我が家らしい祝い方でした。
妻からの手紙とビール、そして「心のこもったカード」の力
妻からは、お手紙と大好きなビールをプレゼントしてもらいました。物としてはとてもシンプルなものですが、私が本当に嬉しいのは、いつだって「心のこもった手紙」そのものです。
何気ない言葉の一つひとつが、日々の生活の中で摩耗しがちな心を潤し、「生きていてよかった」「もっと頑張ろう」という気持ちにガソリンを注いでくれる。そのガソリンの正体は、間違いなく家族からの「愛」なんだと、この歳になってあらためて実感しています。
三女からの手紙|「あまり気持ちを言葉にしないタイプ」の娘が書いてくれたこと
父の日当日の朝、仕事に向かう直前に三女が手紙を渡してくれました。英語で書かれていたことと、出勤直前で時間がなかったこともあり、その場では読めず、家に帰ってから読ませてもらいました。
読んでいるうちに、思わず目が緩んでしまいました。
普段はあまり自分の気持ちを言葉にするタイプではない三女。そんな彼女が、
- 私たち親に育ててもらったことへの感謝
- 私が趣味で続けているマラソンやアイアンマン、サッカーに取り組む姿を見て刺激を受けていること
- 自分たちがまっすぐゴールに向かって取り組めているのは、いつも親がしっかりサポートしてくれているからだと思うこと
を、しっかりと文章にしてくれていました。
こうして感謝の気持ちを言葉として忘れずに伝えてくれること自体が、本当に嬉しいことです。「ああ、そういう気持ちを持てる女性に育ってくれているんだな」と、あらためて実感できた瞬間でした。
以前、娘たちに「親しき中にも礼儀あり」という日本のことわざを教えたことがあります。どんなに親しい間柄でも、感謝や礼儀を忘れてはいけないという意味です。国が変わっても、文化が変わっても、この考え方はちゃんと通用するんだということを、彼女たちの手紙を通じて教えてもらった気がします。
私が普段から大切にしているのは、「言葉」だけでなく、自分の生き方や姿勢を通して娘たちに何かを伝えることです。それが本当に娘たちの心に届いているのかどうか、正直なところ確信は持てずにいました。でも今回、三女の手紙を読んで、「自分がやってきたことは、完璧ではなかったかもしれないけれど、間違ってはいなかった」と思えました。ちゃんと彼女たちの心に届いていたんだ、と。
長女からの手紙|「パパは私のスーパーヒーロー」
長女からも手紙をもらいました。日本語はあまり得意ではない彼女が、一生懸命日本語で書いてくれていたことが、まず何より嬉しかったです。
その中で、私のことを「スーパーヒーロー」と表現してくれていました。父親として、これ以上ない褒め言葉だと思います。
さらに長女は、「父の日に長く実家にいられなくてごめんね」という一言も添えてくれていました。
実は、長女の大学のホリデーは2週間前からすでに始まっていました。本来ならその期間まるまる実家でゆっくり過ごせるはずだったのですが、今回は進めているプロジェクトやレポートの提出があり、ホリデー前半の2週間はクライストチャーチに残って勉強していたそうです。結果的にタウポの実家にいられたのは、正確には1週間弱ほど。
正直なところ、「そんな短い滞在のために、わざわざ飛行機代をかけるのはもったいないんじゃないか」と、心のどこかで思っていた自分もいました。でも今になって思うのは——もしかしたら彼女は、父の日の手紙を、どうしても直接手渡ししたかっただけなのかもしれない、ということです。真相は本人に確かめたわけではありませんが、たとえそうだとしても、1週間弱の滞在のために払った航空券代には、それだけの価値があったと心から思います。何しろ、私の心はあれだけ豊かになったのですから。お金では買えないものでした。
今年で22歳、大学4年生。異国の地で苦労を重ねながら、たくさんの壁を乗り越え、着実に大人の女性へと成長していく姿を見るたびに、親としてこれ以上ない喜びを感じます。
涙もろくなった自分と、心の「器」の話
子どもたちがこのくらいの年齢になってくると、こういう家族の場面でどうしても涙腺が緩みやすくなります。ちょっと恥ずかしいのですが、実際に涙を流すと、不思議と心がすっきりして、余裕が生まれる気がします。
自分の中の「心の器」そのものが、少しずつ大きくなっていくような感覚です。そして、その器が大きくなった分だけ、また仕事場でいろいろなことがあっても、それを受け止め、許せる心の広さにつながっていく——そんな気がしています。
家族へ、そして読んでくださっているあなたへ
娘たちへ、そして妻へ。
私を「世界一幸せな父親」にしてくれて、本当にありがとう。ニュージーランドという異国の地で、レストランの仕事に追われながらも、こんなに温かい家族に囲まれていることが、何よりの財産だと感じています。
これからも、家族みんなで、わっしょいわっしょい、頑張っていきたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。海外で子育て・家族生活を送る同じ境遇の方の心に、少しでも何かが届いていたら嬉しいです。


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