50代 親孝行や子育てについて改めて考える瞬間が増えます。
最近、私は自分の人生がちょうど「折り返し地点」にあるのではないかと感じています。90歳を超えた父、今年86歳になる母、そして自分の人生を歩み始めた娘たち。老いていく親と成長する子どものちょうど真ん中で、私は「命のバトン」を握っているのだと思うのです。
1. かつて巨大だった、父の背中
子供の頃の父は、365日休みなく働き、私たち兄弟3人を軽々と持ち上げるような、ぶ厚い胸板と太い二の腕を持っていました。父の背中は、わが家の「絶対的な安心」の象徴だったのです。

しかし、今回の一時帰国で目にした父の体は、愕然とするほど細くなっていました。あんなに頼もしかった二の腕も、今は骨の形がわかるほどです。大好きだったカラオケにも行かなくなり、声のトーンも少し小さくなった気がします。
滞在中、父と食事に行きました。昔なら、父が支払ってくれていた場面。けれどここ最近の一時帰国からは、私が支払いを済ませました。レジの前で、父が少し申し訳なさそうに財布をしまったあの表情を、私は一生忘れないでしょう。
寂しさがなかったと言えば嘘になります。けれど同時に、自分もようやく「親に恩返しができる立ち位置」に立てたのだと、静かな誇らしさも感じました。父が健在でいてくれること、その存在そのものが、今も私の大きな心の支えなのです。
2. 頼もしくなってきた、娘の背中
一方で、娘たちは驚くほど元気です。彼女たちはもう、フィジカルな面で親の助けを必要としなくなりました。それぞれが自分の足で、一歩ずつ人生を前進させています。
次女が自分の意志で聴診器を買い、感謝の涙を流したあの瞬間。それは、守られる側だった彼女が、誰かを守る「医療従事者」へと脱皮した瞬間でした。泣いている彼女を抱きしめた時、その背中は小さくても、驚くほど力強く私の心に響きました。
「ああ、あんなに小さかった女の子が、こんなに優しく強い心を持つようになったんだな」
父が365日、私たちに何不自由ない家庭を提供してくれたように、今度は私が娘たちの土台になる番です。かつて父が見せてくれたあの大きな背中を、今度は私が娘たちに見せていきたい。そう強く思うのです。
3. 「命のリレー」の中間ランナーとして
老いていくのは、自然の摂理です。いつか自分も、父と同じように体が細くなり、誰かに支えられる日が来るでしょう。ならば、その順番が回ってくるまでは、この「中間のランナー」という役割を全力で楽しみたいと思っています。
私は、親から受け取った愛を自分というフィルターに通して、娘たちに届けている「導管」のような存在かもしれません。施設にいる母に娘たちの活躍を話すと、母は自分のこと以上に喜んでくれます。その母から注いでもらった溢れんばかりの愛を、私は娘たちに繋いでいきたい。
もし「娘への愛情オリンピック」があったら、私はぶっちぎりの金メダリストになる自信があります。それだけは、誰にも負けません。

4. 本当の「親孝行」とは何か
親になった今、改めて「親孝行」について考えます。美味しいものを御馳走したり、贈り物をしたりすることも、もちろん喜ばしいことです。けれど、親が子に望む一番の願いは、もっとシンプルなのではないでしょうか。
それは、「子供が、自分らしく人生を謳歌している姿を見せてくれること」です。
自分の能力を最大限に活かせる場所で働き、最良のパートナーと出会い、新しい家族を築いていく。彼女たちが輝いている姿を見ることこそが、親の心を何百倍も、何千倍も満たしてくれます。だから私も、父や母の前では、自分の人生を全力で楽しむ姿を見せていたいのです。
結論:子育ては最高の「特権」
子育ては、親が子に一方的に与えるものではありません。むしろ、親が「させてもらっている」のです。一人の人間の成長を一番近くで見守ることができるなんて、これほど面白い「遊び」はありません。
挨拶や礼儀といった、人としての根っこを教えたら、あとの細かいことは、彼女たちが社会に出て、失敗して、自分で学んでくればいい。もし失敗して傷ついたとしても、いつでも安心して帰ってこられる場所をキープしておくこと。それが、今の私の仕事です。
両親から受け継いだ大きな愛のバトンを、私の背中でしっかりと証明しながら、娘たちへと繋いでいく。それこそが、私が50代を全力で生きる理由なのです。


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