ニュージーランドに住んでいると、この言葉に触れる機会が驚くほど多いです。今日は、プロの料理人として、そして一人の父親として、ヴィーガンについて感じてきたことを書いてみようと思います。
パックンセーブで感じること
地元でよく買い物するパックンセーブでも、最近になってヴィーガン向けの商品がかなり充実してきたなという印象があります。ただ、正直そんなに安くはないんですよね。
料理人という職業柄、パッケージを見ると裏の原材料表示についつい目がいってしまいます。「これ、もしヴィーガンで作るならどうするかな」と考えながら見るんですが、わけのわからないイングリーディエンス(原材料)がずらっと並んでいることも多くて。かなり加工されていて、いわゆる「スーパープロセスフード」になっているものも少なくない印象です。健康的とうたわれているものが、実は加工度が高くて、それほど体に良くないんじゃないか、と思うこともあります。
職場のヴィーガン、まかないでピザにチーズなし
以前働いていたレストランに、ヴィーガンのイタリア人の女の子がいました。彼女にまかないでピザを作ったことがあるんですが、「チーズはかけないで」と言われて。ピザにチーズがないなんて、と最初はちょっとびっくりしました。
でも、それは彼女の考え方なんだから、そこは尊重したいなと思っています。
彼女いわく、こちらの人がヴィーガンやベジタリアンを選ぶ理由は、動物愛護の観点が大きいそうです。自分一人が動物性のものを食べないことで、動物を屠殺せずに、サステナブルに食物連鎖を回すことができる。そういう、世界規模の視点での行動なんですよね。
義理の姉に、うっかりはちみつ
そういえば、私の義理の姉もヴィーガンでした。昔、お土産にニュージーランドのはちみつを持って行ってしまったことがあって……。ヴィーガンははちみつも口にしないので、ちょっと恥をかいた(かかせた)思い出があります。

マヌカハニー
それでも、私は正直このヴィーガンという文化、嫌いじゃないんです。ヴィーガン料理をあれこれ考えるのは、自分のクリエイティブな脳みそを使う感じがして、けっこう楽しかったりします。
カシューナッツのチーズケーキ
こちらでは、ヴィーガンメニューを見かけることが本当に増えました。カリフラワーを使った料理はもちろん、面白いのは「ブルーベリーチーズケーキ」。名前にチーズと付いていますが、実はクリームチーズを一切使っていません。
種明かしをすると、カシューナッツを水に浸して、ハイスピードブレンダーで撹拌する。それだけで、あのクリーミーな食感が再現できるんです。私も以前働いていたお店で、実際にこのメニューを出していました。
もし「これはヴィーガンで、クリームチーズを使っていません」と正直に言ったら、「いつもよりコクが少ないね」と言われるかもしれません。でも、何も言わずに出せば、「ヴィーガン料理も最近は美味しくなったね」と言ってもらえる。同じ料理でも、伝え方一つでこんなに印象が変わるものかと、当時は考えさせられました。
最近はなかなか新しいアイデアが出なくて、正直ちょっとしたストレスになることもあります。それでも、なるべくポジティブに、また何か新しいヴィーガン料理を考えてあげたいなと思っています。
娘たちに教えられること
我が家の娘たちは、お肉が大好きな、いたって普通の子供たちです。ヴィーガンになるとは、正直思えません。
でも、娘たちの周りには、ベジタリアンやヴィーガンの友人が普通にいます。彼女たちは、自分とは違う考え方を持つ人に対して、とてもオープンなんですよね。「他人は他人だから」という感じで。海外という環境で、個人を尊重する教育を受けてきたからなのか、他人の考えをちゃんと尊重できる。これは、親である私の方が、逆に娘たちから学ぶことがあります。
長女が少し前に中国へ旅行に行ったとき、友人の一人にインド人のベジタリアンの子がいたそうです。中国ではベジタリアンがまだ少なく、外食では注文にかなり困ったと言っていました。友人の家に招かれたときに出されたのは、日本で言う豚骨スープのような、豚から出汁を取ったヌードル。その子がベジタリアンだと分かると、代わりに出てきたのは、ただ茹でただけの麺に醤油をかけたものと、申し訳程度に茹でた青菜だったそうです。
この話を聞いて思ったのは、場所が変われば、自分もそれに合わせて変わっていくしかない、ということです。他人を変えたい、環境を変えたいと思っても、それには大きなパワーが要ります。そのパワーを使っても、変わる保証はどこにもありません。だったら、自分がコントロールできる「自分自身の受け止め方」を変える方が、よっぽど建設的なんじゃないかなと、最近はそんなふうに思っています。


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