50代でアイアンマン、53歳で初フルマラソンに ニュージーランドで挑戦して思うこと

ニュージーランド アイアンマン
父親として残したい生き方

父親として娘たちに見せたい背中

父親として娘たちに何を残したいか。そんなことを考える年齢になりました。言葉で教えたこともありますが、本当に子どもの心に残るのは、親がどう生きてきたかではないかと思っています。50代でアイアンマン、53歳で初フルマラソンに挑戦した今、私が娘たちに見せたいのは「挑戦し続ける背中」です。今回は、父親として今の私が大切にしている生き方について aiヘルプで書いてみたいと思います。

父親として娘たちに見せたい背中

父親として娘たちに何を残したいか。
そんなことを考える年齢になりました。

もちろん、言葉で伝えてきたこともあります。
ですが今になって思うのは、子どもたちの心にいちばん残るのは、案外言葉そのものではなく、親がどう生きていたかなのではないかということです。

だから私は、今も挑戦を続けたいと思っています。
50代でアイアンマンに挑戦し、53歳で初めてのフルマラソンを走ったのも、その延長線上にあるのだと思います。

いつか私がこの世を去るとき、娘たちが
「この父を持てて本当に幸せだった」
と感じてくれたら、それだけで私は感無量です。
でも、そんな大きなことをいきなり言ってしまうと話が終わってしまうので、今日はその気持ちの中身を少し書いてみたいと思います。

私は昔から、昨日より今日成長したい人間だった

振り返ってみると、私は昔からずっと、昨日より今日、今日より明日、少しでも成長していたいと思う人間だったように思います。

何か新しいスキルを身につけると、
「これは良いスキルだな」
「これでもっと上を目指したいな」
「これよりできる人は誰だろう」
と、すぐにその先を見たくなる。
そんな性格でした。

ただできるようになって満足するのではなく、自分よりうまい人がどうやっているのかを見たい。
その人の技術を盗みたい。
そういう気持ちがいつもあったのだと思います。

たとえば私は、チョコレートの技術を学びたくてメルボルンまで何度か足を運んだことがあります。
そのときも私は、ただ教わったことをなぞるだけではありませんでした。
講師の先生が道具を持つ角度、立ち位置、チョコレートを見るときの目線、そういう細かいところまでじっと見ていました。

だって、私はお金を払って学びに行っているのです。
だったら、表面だけではなく、その人がどうやってその技術に向き合っているのかまで学ばなければもったいない。
そんなふうに思っていました。

別のコースでその学校に行ったとき、チョコレートのショウピース、いわゆるピエスモンテの授業がありました。
先生が二つのモデルを見せてくれたのですが、周りの生徒さんたちは
「こっちのほうが簡単そうだからこっちにする」
「私はこっちが好きだからこっちにする」
と、それぞれ一つを選んでいました。

そんな中、私は先生に
「二つとも作りたいんですけど、いいですか」
と聞きました。

その瞬間、クラス中の生徒さんと先生が一斉にこちらを見たのを覚えています。
先生には
「このコースを10年以上教えてきたけれど、そんなことを言ったのはあなたが初めてです」
と言われました。
結局、時間の都合で二つとも作ることはできなかったのですが、その出来事は今でもよく覚えています。

たぶん私は、難しく考えすぎる前に「やってみたい」と思ったら動いてしまう人間なのだと思います。
それが良いのか悪いのかはわかりません。
でも少なくとも、昨日より今日、今日より明日、少しでも前に進みたいという気持ちは、昔から変わっていません。

言葉で教えるより、背中で見せたいと思うようになった

私は、言葉で何でも上手に説明できるタイプではありません。
もちろん、娘たちに伝えたいことがあるときには言葉でも話してきました。
ですが正直なところ、頭の中をきれいに整理して、相手にとってわかりやすい言葉にするのは、あまり得意ではありません。

それよりも、まず自分が動いて見せるほうが早い。
そういう性格です。

だから娘たちにも、きっと私は言葉だけではなく、行動で何かを伝えてきたのだと思います。

「こうしなさい」
「頑張りなさい」
そう言うのは簡単です。
でも、本当に心に残るのは、親が実際にどう生きているかではないでしょうか。

親が何かに挑戦している。
失敗してもまた立ち上がっている。
年齢を言い訳にせず、新しいことに向かっている。
そういう姿を見せることのほうが、言葉以上に伝わることがあるような気がしています。

ですから私は、娘たちに何かを教えようとするときも、最終的には自分の行動で示したいと思っています。
父親として、そういう背中を見せられる人でいたいのです。

50代でアイアンマン、53歳で初フルマラソンに挑戦した理由

50代になってアイアンマンに挑戦する。
53歳で初めてのフルマラソンに挑戦する。
普通に考えたら、少し変わっていると思われるかもしれません。

でも、私にとってはそれが特別なことというより、自然なことでした。
なぜなら私は、年齢は挑戦しない理由にはならないと思っているからです。

よく考えてみれば、今この瞬間が人生でいちばん若いわけです。
これから先、時間が戻ることはありません。
10年後、20年後になって
「あのときやっておけばよかった」
と後悔するくらいなら、今やってみたい。
私はそう思っています。

もちろん、現実には大変です。
トレーニングもしんどいですし、体も若い頃のようにはいきません。
それでも、やらない理由を探すより、できる方法を探したい。
なんとかなるかもしれないし、なんとかならないかもしれない。
でも、やってみないとわからない。
だったら挑戦したいのです。

私はこれからも、新しいことに挑戦するのに年齢は関係ないと思っています。
ただ単に数字が増えていくだけで、自分の可能性まで消えるわけではありません。
だからこそ、50代の今でも私は挑戦を続けたいと思っています。

娘たちに見せたいのは結果ではなく、挑戦し続ける姿勢

私は先日のフルマラソンで、サブ4を一つの目標にしていました。
ですが結果は4時間10分。
あと10分足りませんでした。

でも、私はそのことを後悔していません。
悔しさはあります。
けれど、後悔ではありません。

なぜなら、その10分は
「自分には無理だった」
という証明ではなく、
「じゃあ次はその10分を縮めるための挑戦をしよう」
という新しい課題になったからです。

結果は確かに大切です。
でも、娘たちに見せたいのは結果そのものではありません。
それよりも、うまくいかなかったときにどうするか。
思い通りの結果が出なかったときに、そこで止まるのか、それともまた前を向くのか。
私はその姿勢のほうが大事だと思っています。

挑戦すれば失敗することもあります。
思ったようにいかないこともあります。
でも、だからといって挑戦をやめる理由にはならない。
私はそう思っています。

昨日より今日。
今日より明日。
少しでも前に進んでいけるなら、それでいい。
そういう姿を娘たちに見せたいのです。

父親として本当に娘たちに残したいこと

父親として娘たちに残したいのは、立派な言葉ではありません。
「こうしなさい」「ああしなさい」という正論だけでもありません。

私が本当に残したいのは、
年齢や環境を言い訳にせず、自分の人生を自分で前に進めていく姿勢
です。

もし娘たちがこれから先、何かに挑戦しようとしたとき、
「もう遅いかな」
「私には無理かな」
「今さらやっても仕方ないかな」
そんなふうに迷うことがあるかもしれません。

でもそのときに、
「いや、うちの父は50代でアイアンマンをやって、53歳で初めてフルマラソンに挑戦していたな」
と思い出してくれたら、少しは背中を押せるかもしれません。

別に娘たちに、父と同じことをしてほしいわけではありません。
アイアンマンをやれとか、マラソンを走れとか、そういうことではないのです。

ただ、どんなことでもいいから、
自分がやりたいと思ったことに対して、年齢や状況を言い訳にせず、一歩踏み出してみてほしい。
もし弱音を吐きたくなったとしても、そこで終わらずにもう一歩だけ前に進んでみてほしい。
そんなふうに思っています。

そのためには、まず自分がそういう父親でいなければいけない。
口で言うだけではなく、自分がやってみせる。
それが私なりの父親の在り方なのだと思います。

まとめ|いつか娘たちに「この父を持てて幸せだった」と思ってもらえたら

父親として娘たちに見せたいのは、言葉ではなく、挑戦し続ける背中です。

昨日より今日、今日より明日。
少しずつでも成長したい。
年齢を理由あきらめたくない。
失敗しても、そこで終わりにしたくない。
そういう生き方を、自分なりに続けていきたいと思っています。

もし、いつか私が死んだときに、娘たちが
「この父を持てて本当に幸せだった」
と感じてくれたら、それ以上のことはありません。

その一言をもらえたなら、私はそれだけでもう幸せです。

だからこれからも私は、無理のない範囲で、でも自分らしく、挑戦を続けていこうと思います。
娘たちに何かを残せるとしたら、それはきっと、そんな生き方そのものなのだと思うからです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました