フルマラソンを走って気づいた家族の大きさ
フルマラソンを走ったのは私です。けれど、その42.195kmは決して私ひとりの挑戦ではありませんでした。スタート前に妻が見送ってくれ、離れて暮らす娘たちからもメッセージが届く。走っている最中も、苦しくなった場面で思い浮かんだのはいつも家族のことでした。今回は、フルマラソンに挑戦して改めて気づいた「家族の大きさ」について書いてみたいと思います。
子育ての中で挑戦するということ
フルマラソンに挑戦したのは私です。けれど、今振り返ると、あれは決して私ひとりの挑戦ではなかったと思っています。
当日、スタートラインに立つ私を見送ってくれた妻。そしてその時、南島に住んでいる長女と次女からもテキストメッセージが届きました。離れて暮らしていても、しっかり気にかけてくれているんだなと感じて、スタート前から胸が温かくなったのを覚えています。
ゴール地点で待っていてくれた妻の存在ももちろん大きかったです。そして、近くにいる三女の存在もまた、私の中ではとても大きなものでした。
走っていたのは私の脚かもしれません。けれど気持ちの面では、家族みんなを背負って走っていたような感覚がありました。……なんて書くと少し大げさかもしれませんね。でも、そのくらい家族の存在を近くに感じながら走っていた、というのが正直なところです。
子育て中というのは、本当に自分の時間がありません。これはきっと、多くのお父さん、お母さんが感じていることではないでしょうか。
私もずっとそうでした。今は娘たちも成長し、幼い頃のように四六時中手がかかるわけではありません。それでも、親としての役目が終わったわけではないと感じています。
今の私が担っているのは、どちらかというと精神面やメンタル面での支えです。娘たちは20歳前後になり、身体の世話よりも、心の支えが必要な時期になってきました。
たとえば長女が、涙ながらに電話をかけてきて「大学を辞めたい」と話してくれたことがありました。そんなとき私は、まず彼女の話を一通り聞きました。そのうえで、少しずつ言葉を返していきました。
というのも、私たち親はこれまで一度も、娘たちに「大学に行きなさい」「勉強しなさい」と強く押したことがありません。進学も挑戦も、基本的には本人たちの意思を大切にしてきました。だからこそ、大学に進んだのも長女自身の希望です。親の責任でも、友達の責任でもなく、自分で決めた道です。
そう考えると、少しつらいことがあったからといって、すぐに辞めるというのは違うのではないか。私は心の中でそう思っていました。だからといって頭ごなしに否定するのではなく、まずは気持ちを受け止める。そのうえで遠回しにですが、「今まで頑張ってきたのだから、大学は続けたほうがいいと思うよ」ということは伝えたと思います。
最終的に決断するのは本人です。私はその決断を長女に委ねました。そんな紆余曲折もありながら、長女は今年大学4年生になり、あと数か月で卒業できそうです。あのときすぐに結論を急がず、気持ちを整理する時間を持てたことは、親子にとって大切な時間だったのかもしれません。
だからこそ、私がフルマラソンに挑戦できたのも、子育てを通して育まれた家族の土台があったからだと感じています。
時間を作る難しさの中で続けたフルマラソン練習
フルマラソンに挑戦すると決めても、練習時間を十分に確保するのは簡単ではありませんでした。私はフルタイムで仕事をしているので、毎日まとまった時間をトレーニングに使えるわけではありません。
ではどうしたか。結局、どこかの時間を削るしかありませんでした。私の場合、それは睡眠時間でした。
普段より少し早く起きてトレーニングに行く。休みの日にはできるだけ時間を確保して走る。それでも、最大で取れて2時間ほど。長く走れても20kmくらいだったと思います。
ですから、完璧な準備ができたとは言えません。でも今振り返ると、どんなことも完璧な状態で本番に臨めるわけではないのだと思います。それはフルマラソンもそうですし、子育ても同じです。完璧ではなくても、その時できる精一杯を重ねていくしかない。この挑戦を通して、そんなことも改めて感じました。
今は長女と次女が家を離れ、少しずつ時間の使い方も変わってきました。その変化には正直、寂しさもあります。
昔は、子どもたちが小さい頃、私の休みはほとんどすべて子育てに使っていたと思います。子どもたちが喜ぶようなご飯を作ったり、週末に休みが取れれば一緒にピクニックに行ったり、山登りに行ったり。家族みんなで体を動かして楽しめるような時間を過ごしていました。
そういう時間が少なくなっていくこと。それが今感じている寂しさの一つなのだと思います。
でも、それもまた今の家族の自然な形なのかもしれません。余った時間……と言っても実際にはそれほど余ってはいないのですが、今はその時間を妻との時間や、自分自身の時間にも少しずつ使っていきたいと思っています。
最近では、マラソンやアイアンマンのトレーニングのほかに、趣味の天然酵母パン、サワードウブレッド作りも楽しんでいます。子どもたちもそれが大好きで、帰省したときにはたくさん持たせてあげています。そういう形でつながれるのも、今の家族の時間のひとつだと思っています。
家族の支えがあったから練習を続けられた
フルマラソンの練習は、基本的には孤独です。けれど私の中では、ずっとひとりで頑張っている感覚はありませんでした。
夕方に走りに出ることが多かったのですが、たいていは妻が夕食の準備をする前後の時間でした。「今からちょっと走ってきていい?」そう声をかけると、妻はいつも「いいよ、のんびり練習しておいで」と送り出してくれました。
練習が終われば帰ってきて夕食の手伝いをする。そんなふうに家のこととのバランスを取りながら続けてこられたのは、やはり妻の理解があったからです。
娘たちが「パパ、私も行く」と一緒に走ってくれることもありました。若い娘が50代の父親と一緒に街を走ってくれるなんて、本当にありがたいことだなと思います。
私自身、子どもの頃は親と一緒に歩くのがなんだか恥ずかしかった記憶があります。だからこそ今、娘と並んで走れることがどれほど幸せか、しみじみ感じます。
そして長女は、私のトレーニング記録もよく見てくれていました。トレーニングアプリに記録を上げると、「クドス」を送ってくれる。たったそれだけのことかもしれませんが、それが本当にうれしくて、励みになりました。
以前、私がアイアンマンに挑戦したときには、長女がクライストチャーチからわざわざ応援に来てくれたこともあります。しかも、自分のお金でチケットを取って来てくれました。
ランパートでは、コース上で自転車が入れない区間もありましたが、入れるところではほぼ半分近く伴走してくれたと思います。地元がタウポなのでコースのこともよく分かっていて、水を持って一緒に走ってくれたり、ゴール近くでは自転車を置いて一緒に走ってくれた場面もありました。
「パパ、がんばれー!もうちょっと!もうちょっと!」
その声が本当にうれしくて、力になりました。足は痛くて痛くて仕方なかったのですが、不思議と前に進めたんです。ドラゴンボールの元気玉みたいなものだったのか、火事場の馬鹿力だったのか……そんな感じだったのかもしれません。とにかく、あのときは本当に助けられました。
余談ですが、どうやら長女はいつかアイアンマンをやりたいと思っているそうです。ちょっと頼もしいですよね。親としては、そういう挑戦する気持ちを持ってくれているのがうれしいです。
フルマラソン本番で思い出した家族のこと
フルマラソン本番は、やはり甘くありませんでした。
今回の目標は、4時間以内、いわゆるサブ4でした。結果は4時間10分。初めてのフルマラソン挑戦としては悪くない記録だったと思いますし、サブ4には届かなかったものの、次につながる良い経験になったと感じています。
今回は私ひとりでスタートしました。でも走りながら、2年前に三女と一緒にハーフマラソンを走ったことを思い出していました。15歳でハーフマラソンに挑戦した三女。結果がどうだったか以上に、「やってみよう」と思って挑戦したその姿勢が、私の心を豊かにしてくれます。そういう気持ちを持てる人に育ってくれていることが、親として本当にうれしいのです。
レース中盤から、古傷の右膝が少しずつ気になり始めました。そして30kmあたり。噂には聞いていましたが、私にも30kmの壁はありました。両脚が痛くなり、もうサブ4は無理かなと思い始めました。そこからは思うように走れず、半分は歩いていたような状態です。ペースメーカーにも抜かれ、「やっぱりだめか」と気持ちが折れそうになりました。
でも、そのとき思い出したのが家族でした。
子どもたちが小さい頃、私がかけていた言葉。「もうちょっとだから頑張ろう」「今は休んでもいいよ。でも少ししたらまた走ろうね」「最後にゴールを切るときは、自分の力でしっかり走るんだよ」
あのとき子どもたちにかけていた言葉が、今度は自分に返ってきたような気がしました。まるで父親としての自分が、走っている自分を励ましているようでした。
その場に家族全員がいたわけではありません。それでも、もし長女や次女、三女がここにいたら、どんな言葉をかけてくれるだろう。そんなことを思い浮かべながら、自分を奮い立たせていました。
そして最後のホームストレート。あそこだけは、痛い膝を抱えながらも思いきってダッシュしました。会場MCが私の名前を大きな声で呼んでくれたのも覚えています。
あの最後のひと踏ん張りは、家族の応援がなければできなかったと思います。
ゴールして最初に浮かんだのは達成感より感謝だった
ゴールした瞬間、まず思ったのは「とにかく終わったな」という気持ちでした。
達成感がなかったわけではありません。でもそれ以上に、「なんとかできたな」という安堵と、ここまで来られたことへの感謝が先にありました。
練習量が十分だったとは言えません。それでも4時間10分で走り切ることができた。もしあと10分縮められたら、サブ4も見えてくる。そう思うと、新しい目標もすでに見えてきました。
でもやはり、いちばん大きかったのは妻の存在です。スタート地点にも立っていてくれて、ゴールにも間に合うように来てくれた。沿道から大きな声で私の名前を呼んでくれた。その声が本当にうれしかったです。
そして妻だけでなく、長女、次女、三女の存在もまた、私をゴールまで運んでくれたと思っています。
走ったのは私かもしれません。でも私の気持ちの中では、あれは家族5人でつかんだゴールでした。
子育てが今の私を作ってくれたと思う
子育ては本当に大変です。でも私は、仕事をすること以上に大切なことだと感じてきました。
子育ての真っ最中は、毎日が必死です。そのときは一生懸命なので、なかなか全体を見渡す余裕なんてありません。
それでも、娘たちを寝かせたあと、自分がベッドに入ってから一日を振り返る時間がありました。「ああ、今日はきつい言い方をしてしまったな」「自分が疲れていたから、ちゃんと伝えられなかったかもしれない」「明日はもう少し気をつけよう」
そんなふうに、自分を振り返る時間を持っていました。私にとっては、それがその日の小さな反省ノートのようなものでした。
子どもたちを社会に送り出すために、どう育てればいいのか。立派な人間に育てたいというよりも、世の中の荒波の中でも、自分で考え、人に優しくできる人になってほしい。そんな思いで子育てをしてきた気がします。
今思えば、子育てとは子どもを育てるだけではなく、親である自分も育てられていた時間だったのだと思います。
仕事で若いスタッフと向き合うときも、その経験が生きています。ただ怒るのではなく、なぜそうなるのか、どうしていけないのかを順序立てて説明する。その場では嫌がられても、あとで気づいてくれたらそれでいい。そう思って向き合ってきました。
もしかしたら口うるさい小姑みたいだったかもしれませんが(笑)、それも彼らの将来のためだと思っていました。そういう感覚も、子育てから学んだことのひとつです。
これからも子育ては、形を変えながら続いていくのでしょう。そして私自身もまた、新しい挑戦を続けていきたいと思っています。
年を重ねても、何かに挑戦している姿を見せたい。言葉だけでなく、生き方そのもので伝えたい。娘たちにも、「今いる場所に甘んじることなく、新しいことに挑戦していいんだ」と感じてもらえたらうれしいです。
それが人助けや地域への貢献につながり、ひいては大げさかもしれませんが世界平和にまでつながっていったら、そんなにうれしいことはありません。
まとめ|挑戦したのは私。でも、その私を作ってくれたのは家族だった
フルマラソンに挑戦したのは私です。でも、挑戦している私を作ってくれたのは、子育てをさせてくれた3人の娘と、いつも支えてくれる最愛の妻でした。
家族がいたから、私は挑戦できた。家族がいたから、苦しいところを乗り越えられた。そして家族がいたから、ゴールした先で感謝する気持ちを持つことができました。
フルマラソンを走って改めて気づいたのは、私ひとりでできたことなんて、ひとつもないということです。
だからこれからも、家族を大切にしながら、自分自身の挑戦も続けていきたいと思います。そしていつか娘たちが、それぞれの人生で壁にぶつかったとき、「うちの父も、年を重ねても挑戦していたな」と思い出してくれたら、父親としてこんなにうれしいことはありません。


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